なにわブルージーこぼれ話

玉出ジャズトリオ 回顧録

玉出ジャズトリオをご存知だろうか?

玉出ジャズトリオというユニットがあったのをご存知だろうか?
おそらく、1985年頃だったと思う。情報誌のライブ情報のページを見ていて、このトリオの名前を目にした。ライブ情報にメンバーの名前、石田長生さん、藤井裕さん、島田和夫さんの名前が並んでいたので喰いついた。ジャズなんて全く知らないが、ゲストボーカル 木村秀勝(充揮)さんと記載されていたこともあり、行けば楽しめるだろうと思った。

帝塚山でライブ

ライブ会場が”帝塚山バラード”ということで更に気を惹かれた。お店に入ったことは無かったが、その頃は、お店の前を毎日のように通っていたから店名と場所は知っていた。加川良さんの4枚目のアルバム『アウト・オブ・マインド』(1974年)のジャケットに描かれている阪堺線 姫松の駅から歩いて1分ぐらいの所だ。

チケットを購入するためにお店に行くと、マスターがチケットを取り出しながらカウンターに座っている男性に「チケットを買いに来て下さったよ」と声を掛け、その男性がグラスを少し上げて「ありがとう」と言った。店内の照明は押さえられていたので、最初は気付かなかったが、その男性は藤井裕さんご本人だった。腰が抜けそうなぐらい驚いた。今なら、適度な距離をおいてカウンターに座って、バーボンの一杯でも飲みながらタイミングを計って話しかけるぐらいの図々しさはあるが、その頃は、レコードを出している人は雲の上の存在で、話しかけるどころか、同じカウンターで飲むなんて想像もできなかった。お店には申し訳ないが、チケットを購入するだけで精一杯で、一杯もオーダーせずにお店から飛び出した。
後から思えば、ミュージシャンのプライベートタイムを目の当たりにしたのは、あの時が初めてであった。そんな出来事もあって、ライブがとても楽しみであった。

本当にライブは開催されるのか?

ライブ当日、開場時間のちょっと押しで”帝塚山バラード”に着くと一番乗りだった。キタのバーボンハウスやミナミの Luiなどでのライブに行くと、開場前からお客さんが並んでいるのが普通だったので、すごく不思議な気分だった。しかも、お店の入り口近くに楽器がセットされていたことにも違和感を感じた。テーブルに座るなり、THE VOICE & RHYTHM のライブでいつも最前列に居る女性が入ってきた。顔をはっきりとは覚えていなかったが、いつも首にバンダナを撒いていて、その日も首にバンダナを撒いていたので間違い無い。彼女が入ってきてから30分ぐらい経っても他にお客さんが入ってこない。「本当に今日、ライブがあるの?」と思ってしまう。バンダナの女性も不安そうな表情である。目の前にセットされてある楽器が心の拠りどころである(笑)
開演15分ぐらい前に1人2人とお客さんが入ってきたが奥のカウンターへ行ってマスターと親し気に話しているので、お店の常連客か関係者だろう。「まさか観客は2人?」と心がざわつきだした。それでも、開演直前になると、ぞろぞろと数人のお客さんが入ってきたので気持ちが落ち着いた。

ジャズは大人の音楽

ライブは石田さん、藤井さん、島田さんの3人によるインストゥルメンタルの演奏で始まった。ジャージーでムーディーなナンバーが続くが、”枯葉”(Autumn Leaves)以外は知らない曲である。それでも、とても心地よい。MCで石田長生さんが「焼きそば焼かしたら、さぞかし上手いんやろうな」とベタなことを言っていた時に、島田さんのブラシ捌きが心地良いポイントであることに気付いた。他にも歪んでいないギターサウンドや落ち着きのある低音が染みてきて、ライブが進むにつれて音楽に引きこまれていった。
数曲やったあとでゲストボーカルの木村秀勝さんがステージに呼び込まれた。くわえ煙草で、ゆっくりとマイクの前まで歩いて来る。流石にジャズの雰囲気なのか、いつもの「アホー!」の野次は飛ばない。スタンドマイクに向かってしっとりとスローなナンバーを歌う。この頃はまだ「天使のダミ声」のキャッチフレーズは無かったはず。ジャズを歌う木村さんのボーカルは実に素晴らしい。実に素晴らしいのだが、指に挟んだ煙草が気になる。あと少しでフィルターが焦げる。木村さんの目の前に座っていたので、灰皿を用意していつでも差し出せるようにスタンバイした。曲が終わるなり、灰皿を差し出すと「何くれるの?」と灰皿を覗き込む。煙草を指に挟んでいる事を忘れて曲に入り込んでいたのだ。そしていきなり「熱っ!熱っ!熱っ!」と言ってフィルターの焦げた煙草を灰皿に投げ込んだ。まるで吉本新喜劇である。会場は大爆笑で、あちらこちらから定番の「アホー!」の野次が飛びまくる。もちろん返しは「アホいうもんがアホじゃー!」ムーディーなジャズの雰囲気が台無しである(笑)
しかし、再び曲が始まると空気は一変する。憂歌団では感じた事のない世界に引きずり込まれていき鳥肌が立った。

怒涛のライブ後半

後半は少しずつアップテンポになっていった。「ルート66」(”Get Your Kicks On” Route 66)になると演奏もヒートアップし、ボーカルもシャウトする。今までステージも客席も、ジャズということで気取って押さえていた分、うっぷんを晴らすかのように爆発した。しかし、その時である。最初にも記載したように、店の入り口はステージの横である。客席の前の方から入り口付近の様子が見えるのである。入り口付近でマスターと誰かがやり取りをしている。よく見ると相手は警察官である。おそらく近隣から騒音のクレームが来たのであろう。「もう終わる」とかなんとか言って説き伏せたのか警察官は帰っていった。ステージは大いに盛り上がってエンディングを迎えた。
ところが、これで一件落着ではない。アンコールがあるのだ。アンコールは「スイート・ホーム・シカゴ」(Sweet Home Chicago)である。当然ながら原曲であるロバート・ジョンソンのヴァージョンではなくパーティー・バージョンである。 Like a Rolling Stone ! 転がる石のごとく勢いは止まらない!
会場はノリまくっていたが、また入り口付近で何やら揉め始めた。立ち入ろうとする警察官をマスターが懸命に押しとどめようとしている!しかし、マスターは押し切られて2人の警察官がステージの所までやってきて何かを叫んでいる。その声は曲のエンディングの爆音にかき消される。仕方がないといういう表情で手を振って「やめろ!」とアピールした所で演奏が終わった。曲が終わっても、客席の後ろの方は警察官が乱入したことで、余計に盛り上がり歓声があがる。警察官が制止して「速やかに退場!」と叫んだ。

そのライブから約20年後

その印象深いライブから20年以上経って、藤井裕さんのソロアルバム『フジーユー』(2007年6月)がリリースされてから後の話である。藤井裕さんと親しい方に玉出ジャズトリオ@帝塚山バラードの話をした。その方も関係者の一人として、その場に居たそうである。そして「裕ちゃんにその話をしたってみ。喜ぶで。帝塚山バラードの常連でマスターにお世話になっていたし、玉出ジャズトリオは裕ちゃんが言い出しっぺやったはずやしな」と言うので、ある日、裕さんにその時の話をした。
ご本人も帝塚山バラードでライブをやったことは覚えていて懐かしそうにしていた。しかし、警察官が乱入したことは全く覚えていなかった。あの衝撃的なエンディングを覚えていなかったのである。その事に新たな衝撃を覚えた。
先ほどの藤井裕さんと親しい方に、裕さんが警察官乱入のことを覚えてなかったと伝えると、「それは仕方ないわ。裕ちゃんはシン※ー・ソング・ライターやから」と笑っていた。

文 うっちー

ザ・たこさんは売れているのか

正直あちゃーって感じでした。最初はね。

ザ・たこさんを初めてみたのは2010年ごろのミナミ・ホイールだった。

出演者リストを片手に、一、二曲聴いては次の場所へと、ライブハウスをハシゴ。なにせ出演者が多いものだから、できるだけたくさん聴いておきたいということもあったが、どれももう一つで、たいして面白いミュージシャンはいなかったこともあった。どの会場でも、正時つまり何時ちょうど、から30分が出演者の持ち時間で、残りの30分が入れ替えの時間という設定。そしてどの会場でも、出演者は開演時間ぎりぎりまでサウンドチェックをしていたものなので、演奏が始まる前にだいたいどんな音が出るのかわかったりもしていた。

ところが、ザ・たこさんの会場にはかなり早めに行ったのに、ステージは森閑として物音ひとつしない。いったいどういうことかと思っているうちに演奏が始まった。

いや、びっくりしましたね。

面白くなければすぐに出られるように後ろの方で観ていたのだけど、このときはほかのお客さんたちといっしょに、知らず知らず前の方へ行ってしまった。  いきなりの出音からしてメチャクチャカッコ良いんですよ。抜群のリズム感でギャンギャンかき鳴らすギターに、ベースのメロディも抜群にカッコ良いのね。さらに、熱いフロントの二人と対照的に、目を閉じてクールに叩くドラムス。トリオだけでこんな分厚い、しかもグルーヴ抜群の音を出すなんてすごいと思いましたね。

ところが、その後がちょっとあちゃー、って感じでした。その時は。正直言いますと。プロレスとか格闘技に馴染みがないもので、マントとかマスクが出てきた時点で、これは苦手、と思ってしまいました。白いシャツに黒のベスト、黒のズボンとスマートなバンドの三人と対照的に、登場したボーカリストは小柄小太りのスキンヘッド、小さなお目目に、マジックで描いたチョビヒゲ。それがマスクとマント、その下にはつなぎのタイツをまとって登場したわけ。せっかくカッコ良い音だったのになあ、と思いました。その時はね。おしまいの恒例のマントショー、呼び戻しの繰り返しもその時はめんどくさいなあと思いました。最初に見たときはね、そう思いました。だから同じように思う人がいても当然と思います。

しかし、MCらしいMCもなく立て続けに曲をつないでゆくところがステージ演出としてよかったし、小太りのボーカルの「熱演」は好き嫌いにかかわらず釘付けにしてしまうパワーがあったし、なんといっても音がカッコ良いものだからこの時ばかりはハシゴしにゆこうとも思わず、最後まで観てしまったものでした。サウンドチェックにもたもたしていなかったのも、自分たちの音がちゃんとできているからというわけですね。

「名は体を表す」という諺がありますが、ザ・たこさんに関しては全然表していない。なんでも昔のバイト先の上司のあだ名をとってつけたということだけど、これほどバンド名と音がかけはなれているケースも珍しいのではないか。ご本人たちはどう思っているのでしょう。飼い犬の名前みたいなもので、もはや単なる記号になっているのでしょうか。今度聞いておきます。

後で、有山(じゅんじ)さん(*日本が誇るブルース・ギタリスト、シンガー、ソングライター。一九七五年、上田正樹と有山淳司「ぼちぼちいこか」でデビュー)や清水(興)さん(*大阪がほこるグルーヴ・ベーシスト、音楽プロデューサー。ナニワエキスプレスのリーダー)にeメールで「こんなの観てきました」と報告したところ、有山さんからは「山ちゃんのカッティング(*ギターで、音を殺しながらリズム良くコードを弾くこと)は気持ちええからなあ」とあり、清水さんからは「ええとこチェックしてますなあ」とコメントがあった。やっぱりお二人ともよくご存知なんですねと。

オフィシャル・ウェブサイトを見にゆくと、「100人入るまでは髪を切らん」と宣言したものの、髪が伸びすぎて気持ち悪がられてスキンヘッドに転向したとか、ステージでドロップキックやって鎖骨を骨折したとか、それでも呼び出されて出演させられたとか、「パンツにウンコ事件」だとか、なんだか暑苦しいのね。ついでに当時のウェブサイトには「くいだおれ太郎」の画像を無断使用していて、ほんとは問題ありなんですが、この人たちには事後許諾でええワ、なんて思っていました。その後メンバーチェンジとともにすぐにサイトも一新されて関係なくなったのですが。カッコ良いけど、ボーカルの暑苦しさが女性のお客さんにはイマイチかなあ、なんて思っていたものでした。我ながら見る目がなかったなあと思います。

山ちゃん、植木屋やってるんやろ?

その頃、「大阪名物くいだおれ」が閉店したあとのスペースがそのまま遊んでいたので、そこを使って有山さんと清水さんをホスト役に3ナイトのライブをやろうということをやっていて、毎月有山さんと清水さん、それにグリーンズの鏡さん(*大阪を代表するイベンター、グリーンズコーポレーション代表取締役)と居酒屋で飲みながら「会議」を開いていたのですが、そこでザ・たこさんを推薦しました。すると有山さんが、「山ちゃん、家近いから呼んだら来るで、電話しよ」といっていきなり電話して、ザ・たこさんのギタリスト・山口しんじくん登場と相成ったわけです。

あとから思うと、その時は有山さんと山ちゃんもまださほど近しかったわけではなかったようで、また有山さんたちもそんなにザ・たこさんのライブをチェックしていたわけでもなかったみたい。だって有山さんは「山ちゃん、植木屋やってるんやろ?」なんて言ってましたから(*山口くんは植木屋の経験はないそうです)。  ミュージシャンに限らず、芸人さんというのは舞台の上と下とで全然違うことが多いようですが、山ちゃんもその例にもれず。細身のせいもあってステージにたつと背も高く見えるんですが、実物は小柄で、おまけにステージでの熱演と対照的に、素顔は大人しいんですね。ましてその時は、憧れの有山さんに呼び出されて来てみれば、清水さんや鏡さんという大御所が揃っているものだから、かなり緊張していたみたい。  その後、ボーカルの安藤くんも呼び出されて、彼もまたステージ上での熱演とは裏腹に素顔はむしろ口ベタで、有山さんたちの前で固くなって、「オレたちはこれしかできませんから」なんて繰り返すばかり。  酒が入ると二人ともやたら人なつっこくなることなどはおいおいわかってゆくわけですが、初対面はたいへんにおとなしい人たちでした。今でも酒が入るまでは、びっくりするほど腰が低くておとなしいお二人です。

私、安藤さん持って帰りたいです

「大阪名物くいだおれ」旧店舗でのライブはそれからおよそ半年後。百席くらいの小さな会場で、ステージも小さいからドラムセットを持ち込めず、カホンに代えてもらっての演奏。出番はトップ。  さすがにみんなアガっていたようで、最初の出音はちょっと硬かったな。それはそうでしょう。百人のお客さんは誰もザ・たこさんなんて知らない完全アウェー。しかもみなさん「サウス・トゥ・サウス」や「憂歌団」から聴き込んできた年配のコアなお客さんばかり。まあステージ通して必死だったでしょうね。  ところが期待以上にこれが大評判で。あとで「あの日の演奏はザ・たこさんが一番だった」というお客さんの感想も何人もから聞きました。みなさん度肝を抜かれたみたいですね。安藤が女性にモテるということを発見したのもこの時。恒例のマントショーでは客席を通って退場、再登場するたびに、お姉様がたにつかまるのね。体たたかれたり、腕つかまれたりして。去年のブルースフェスティバルのMCで、「安藤くんを最初に見たときに暑苦しいなあと思った」と言ったら、客席から「失礼だゾー!」と女性のヤジが飛んできたし、今年のフェスティバルでは安ちゃんを「愛らしい」と言ったら、相方のお姉さんが、「そうなんですよ! 私、安藤さん持って帰りたいです」と返してきたし。「連れて帰りたい」ではなくて「持って帰りたい」なんですと。抱き枕にしたかったらしい。くいだおれライブの時はセットリストもよく考えてあって、「純喫茶レイコ」などやりました。この曲はその時初めて聴いたのですが、芸達者やなあと思ったものです。てっきり汗臭いソウルばかりのバンドかと思っていたら、こんなAORもできるなんて。しかもサビが「レイコー」(*関西の喫茶店での符丁でアイスコーヒーのこと。女性の名前と店名の「レイコ」とかけている)だなんて、笑わせてくれる。ほんとに、サウンドはカッコ良くて歌はコミックという不思議な組み合わせがどこまでも続くバンドです。  有山さんは、楽屋になっていた舞台裏で「お前らみたいなデカい音出す連中は初めてや」なんていいながらニコニコしていた。鏡さんも、記憶よりもずっと良い演奏だったようでニコニコしてました。何より、ザ・たこさんの四人にとってはこのステージが大きな自信になったのではないかな、と思います。完全アウェーで、しかも耳の肥えた年配のブルース、R&Bファンにこれだけウケたのだからね。

ライブの躍動感がそのまま音になっていた

とにかくザ・たこさんというバンドは期待はずれということがあまりないのだけど、CDもそうですね。  昔からライブの良いバンドはスタジオ盤がつまらない、ということが多いです。スタジオで作った音とライブの音は全然違うんですね。ストーンズやエアロ(スミス)だって、昔のスタジオ盤の録音はライブに比べると面白くないと思います。最近のポップスは逆にライブが全然ダメだったりするようですが。  だから、ザ・たこさんのCDというのも全然期待してなかったです。申し訳なかった。  ところが『タコスペース』ができたときにCD送ってきてくれてね。びっくりした。ライブの躍動感がそのまま音になっていた。ライブでお約束の「女風呂」(「突撃!となりの女風呂」)が入っていたこともあるしね。

それで、ザ・たこさんはCDもいいなあと思ってライブの時に見つけて買っていったのだけど、まず『ベターソングス』。いいですね。「純喫茶レイコ」のスタジオ録音はライブ以上にAORどまんなかという感じで、ほんとに素敵な出来ばえだと思います。あと、カバーですがライブでおなじみの「ケンタッキーの東」も入っているし、ちょっと珍しい芸風だけれども「『初期のRCサクセション』を聴きながら」なんていう曲も入っていて聴きごたえがある。  そしてずっと品切れで手に入らなかったのが『ナイスミドル』。2年ほど前かな、やっと再版がかかって買えた。  『ナイスミドル』は売り切れになっていただけあって、ザ・たこさんのスタジオワークとしてほぼ完成という領域にたどり着いた作品といって良いかもしれないと思います。冒頭「ナイスミドルのテーマ」から始まって、途中、ライブで曲のつなぎにおなじみの「タング・ヤウン」から、「中之島公園、16時」「バラ色の世界」「ダニエルさんはペンキ塗り」と、AOR風につくりこんだアダルトな感じの曲が続く。さいごに「犬洗い一匹百円」で一転してラップ・ミュージックでおしまい。

特に「中之島公園、16時」の「缶コーヒーと、タバコ」、「バラ色の世界」の「路上で発泡酒」というサビのところはそのままCMに使われてもおかしくないカッコ良さだし(*山口くんはほんとうにビールメーカーからのオファーを待っていたそうですが、安藤くんは「路上で発泡酒、はさすがにまずいやろ」と冷静だったとか)、どちらの曲もエッジの効いたツー・コードのクールな進行がバツグンに大人っぽくて、いつものコミックぶりはどこへ行ったという感じ。山ちゃんのギターのギャッギャッというカッティングのグルーヴはもちろんライブのままだけれども、クリーン・トーンのソロは八〇年代のAORかフュージョンか、という爽快さで、芸域広いなあと思わされます。

好きなコードはメジャーセブンス

あるとき山ちゃんに「どんなコードが好き?」ときいたら、ライブでいつも鳴らしている「ジミヘン・コード」(E7#9)や、JB(ジェイムス・ブラウン)のバンドがよく使ったという9thのコードではなくて「メジャーセブンスです」とすぐに返ってきたので、ちょっと意外でした。

メジャーセブンスといえば、日本ではユーミンが多用してポピュラーになったコード。八〇年代の垢抜けたポップス、ニューミュージックやフュージョン御用達し。明石昌夫さん(*「第三のB?s」とも呼ばれた、B?zを育てた名音楽ディレクター。驚異的な耳の持ち主。関西出身。)によれば、「メジャーセブンスは阪神間の音なんだよ」という山の手サウンド。「大阪の音」ともいうべきドミナント・セブンス(*コードネームに「7」だけがつくコード)とは対照的な響き。なるほどね、もともとの好みはそっちですか。

また、このあたりのアルバムから、ザ・たこさんのバンドの音が完成してゆくように思います。その分しっかり作り込んでいたせいで、アルバムを作るのにえらく時間がかかっていたそうな。そして「ナイスミドル」の後にドラムスが今のマサ☆吉永に交代し、つづいてベースも脇本総一郎(仮名)に交代。オッと思わせる、聴かせどころの多いベースのメロディに、クールなドラムスというザ・たこさんのサウンドが完成してゆき、凝りに凝ったとうかがえる『ベターソングス』発表。  それからこれはぜひとも訴えておきたいのだけれども、こういういろいろな芸風の曲を聴くほどにわかるのが、安藤くんはほんとに歌が上手いということです。コミカルな演出に誤魔化されてついつい見逃してしまうのだけれど、リズム、グルーヴはもちろんのこと、ピッチも良いし、それに声が良いのね。実は。ダミ声の歌い方が多いけれども、ふつうに歌うと声の良さがわかる。

バカバカしい演技演出を本気でやっている

それに安藤がすごいなと思うのは歌が上手いだけではなくて、どこまで本気でやっているんだろうという、あのバカバカしさ。これはなかなかできません。  クイーンのフレディ・マーキュリーへのトリビュート・ライブというのがあって、DVDになっているんですが、これを見るとそういうことがよくわかります。ブライアン・メイ、ジョン・ディーコン、ロジャー・テイラーというバンドはそのままに、いろんなシンガーが入れ替わり立ち代りフレディ・マーキュリーの代わりに歌う。みんなそれぞれに上手くて、ジョージ・マイケルなんてけっこういい線いってそうなんだけど、「クイーン」かどうかと思って観ていると、やっぱり違うなぁ、と思わされるんです。

その中で、一番「近い!」と思わせたのがライザ・ミネリでした。フレディ・マーキュリーはシンガーであるだけではなくて俳優なんですね。いや、ホモセクシュアルだけに「女優」というべきかもしれない。ああ、フレディ・マーキュリーってそういうキャラクターだったんだなあ、と納得したところに生前の映像が出てきてズッコケます。ライザ・ミネリもぶっとんでしまった。胸毛むき出しの裸の上に真っ赤なガウンを羽織って、王冠かぶって杖掲げている。大真面目な顔で。あたかも自分が王様いや女王様そのものであるかのように。 このぶっ飛び加減はさすがのライザもかないそうにないし、ましてやふつうのミュージシャン、シンガーには絶対真似できない世界だなあと思いました。ミュージカル俳優でもなかなかここまで本気にはなりきれないのではないだろうか。

それがね、安藤は近いと思うんですよ。あのバカバカしい演技演出を本気でやっている。安藤はよくステージの上で、目をぎょろりと剥いて固まるでしょう。ああいうの。あれはなかなかできないと思う。彼はお笑い芸人もやっていたそうですが、どちらかというとあのバカバカしさはシンガーではなくて喜劇俳優の素養なのでしょう。ステージを観ていると、しばしば山ちゃんがギターを弾きながら「こいつ、どないするんやろ」と心配そうに覗き込んだり、マサが「あーあ、下(客席)に降りちゃったよ」と観念しながら叩いている様子が伺えます。

だから、ずっと彼らに言ってるのだけど、一曲でいいからぜひザ・たこさんにクイーンのカバーをやってほしい。歌詞は適当に日本語に(大阪弁に)書き換えてしまって、クイーン、やってみてほしいですね。フレディ・マーキュリーの歌を歌ってサマになる、数少ないシンガーだと思います。

オカウチポテト、おそるべし

さて、ベースの脇本くんはミナミホイールの後脱退しまして、ジャズの世界に行ったらしい。なるほど、あの組み立て、構成はそっちの世界でしょうか。そして次に入ってきたのが今のベーシスト、オカウチポテト。若くて背が高くて声が低い。ステージでは安ちゃんとの対照も際立って、おなじみ「たこさんのテーマ」での「お前、もっと遠慮しなさいよ」「はあ、すみません」というおきまりの掛け合いも早くから定着した。  いかにも人が好さそうで好青年みたいなオカウチポテトですが、ほかの三人に劣らぬ、というよりひょっとしたら勝るほどのぶっ飛びキャラクターかもしれないというのもおいおいわかってきた。

2013年にザ・たこさん結成20周年を記念して、「ザ・たこさんの無限大記念日」。会場は三田(☆大阪からJR福知山線に乗ると宝塚の先、篠山の手前にある衛星都市。かつては不便な田舎だったが、福知山線の電化とともに90年代に一気に宅地化が進み、今ではすっかり郊外の住宅地として良好な地位を確立した。由緒ある城下町。関東の人はなかなか「さんだ」と読めないらしい)の山の中。「無限大記念日」はその辺鄙な立地ながら300人近く集客し、翌年には会場を服部緑地野外音楽堂に移して、結成21周年記念の「ザ・たこさんの無限大記念日2」を開催された。そして3年目の「ザ・たこさんの無限大記念日3」。翌年はZepp大阪へ会場を移して「無限大記念日4」、翌月に番外編のワンマン「無限大記念後MAX VOLTAGE」、2017年にはそれまでの秋開催から春開催に変えて味園ユニバースで「無限大記念日5」と開催されたが、ひょっとしたら「3」が一番密度が濃かったかもしれない。

「結成22周年」にちなんで、前売り券は2222円。当日券は1万円というメチャクチャな設定ながら、わざわざ当日券を買って入ってきた年配のファンも少なからず。すごいです。ザ・たこさんのフォロワー。服部緑地野外音楽堂を終日借り切って、結局600人だか700人だかを動員したらしい。  冒頭の木村充揮さんのサプライズ出演はまだまだ小手調べという感じ。音の抜けが良くてステージも広い野外でのオーサカ=モノレール、ズクナシを従えた大西ユカリ、ハッチハッチェル・オーケストラと、すでに日本のソウル・フェス状態。アリーナには常に百人以上が踊っている感じで、笑いも絶えない。バンド転換の幕間はあうんさんすぅーじぃが仕切るスタンダップ・コメディ。誰がこんなイベント作ったんだという充実ぶり。こういうイベントを報道する媒体がないというのが日本の音楽ジャーナリズムの貧しさです。  緑地公園は使用料が安いとはいっても、機材費もかかるしはるばる東京からやってきてくれるバンドばかりで、はたして2千円程度のチケットでどれだけ足りるのか、そもそもどれだけチケットが売れる見通しがあるのか。  このハイリスク・ローリターンなイベントを企画・主催したのが、オカウチポテト一人の仕業だと聞いてびっくり。「1」から「5」まで全部。だから、会場へゆくと開演前にはオカウチ自ら会場の設営に走り回り、ほかのメンバーはぼんやりと楽屋にたむろしているという有様。全部オカウチに任せて、というより、何をやったらよいのかわからないで途方に暮れていたとも見える。見かけによらず破滅型なのか、ビジネスマインドに溢れているのか、単なるギャンブラーなのか。オカウチポテト、おそるべし。

バンドの音の方でも、年を重ねるごとにオカウチの個性がじわじわと発揮されてきた。最初のうちはまず前任者のベースをなぞるところからはじまって、うーん、オカウチくんの個性はどんなだろう、なんて思っているうちにバンドの音も変わってきた。「無限大3」の舞台で飛び出した「お豆ポンポンポン」。この時はまだ安藤のヒラメキ、というか思いつき、アドリブ程度のものではなかったかと思うが、妙に評判を呼びました。その後ライブのたびに演奏し、少しずつ曲としての体裁を整えてゆく。このころオカウチくんに「どの曲がいちばん好き?」と聞いたら、「やっぱり僕が参加してはじめて作った曲だから、これですね」と言った。なるほど、オカウチの個性はこういうところにあったのか。

そのオカウチが参加してできた一作目が、さいしょにあげた『タコスペース』。前作『ベターソングス』から四年ぶり。それまでの作品と違って、ライブ感が強い。うまく録音したなとも思いますが、アルバムのトーンはワンコード主体のハードなソウル。そして三年後の二〇一六年に『カイロプラクティック・ファンクNo.1』。こちらはさらにシンプルなソウル主体で、ますますライブ感が高い。

版元は「こんなに簡単に録音できるのならもっと作ってほしい」とか言ってましたが、『カイロプラクティック』は彼らの歴史の中でも驚くほどの安産だったらしい。一気呵成に録音しちゃったという感じがします。  そしてバンドの音も、だんだんそうなっていった。どうなっていったかというと、「より熱く」。それまでは山口くんのギターがグルーヴを引っ張り、安藤のボーカルがステージを引っ張っていた、という感じだったのが、いつのまにやら後ろに忍び寄ったオカウチのベースが、ほらもっといけもっといけ、と言わんばかりに、バンドを煽る。クールなはずだったマサ☆吉永の太鼓までもが、いつしか熱く弾けるようになってきた。  とにかく、ワンコードでぐいぐい押してゆくグルーヴ感において、オカウチのベースは抜群なのね。山ちゃんのギターとオカウチのベース、もう最強のグルーヴという感じです。ライブでは山ちゃんがしばしば酔っ払ってヨレヨレになってしまうこともありますが、オカウチがいるので大丈夫。バンドのグルーヴは崩れません。

文 柿木 央久